ジャービル讃歌(100%)

癒しの”天使のネズミ”、ジャービル(スナネズミ、ねじぃ)の観察記を下手な詩とエッセーで。

ジャジャミーナ逝く

ケージのフタを開けると普段よく見る光景

小さなジャジャミーナを覆う巨大なフッキー


いつもと違ったのは動かないジャジャミーナ


満2歳を2週間過ぎて虹の橋を渡ってしまった



1日前の夜遅く、あまり眼が空いていないジャジャミーナの目を洗ってやった。手に取るとものすごく暴れていたのがウソのようにおとなしかった。それ以上に哀れを誘ったのがやせ衰えた体。もうこれ以上ないと言うほどの細り方。嫌な予感がした。


31日夜遅くスポーツジムから帰宅。夕方にとりあえず水とおやつを少し与えていたので夜のケアはnanoが寝る前ということにしていたのだが、ふとねじぃの部屋を覗き、変な予感がしたのでケージの蓋を取る。その時の様子が前掲の詩の通り。床暖房のせいでジャジャミーナの身体はまだ暖かかったが、同居のフッキーにしてみれば冷たくなっていくジャジャミーナを必死で温めていたらしい。


水とおやつをと思ったが、おやつだけに。しかし、あれだけ食いしん坊だったフッキーだけが受け取らなかった。フッキーとジャジャミーナはほとんどがジャジャミーナの押しかけ女房的な姉さん女房ぶりだった。毛づくろいしてやるのはほとんどがジャジャミーナ。反対にフッキーが毛繕いするとジャジャミーナは実に気持ちよさげに顎を床につけるのだったが、フッキーの毛繕いは短くそっけなかった。


そんなフッキーだが、さすがにジャジャミーナが動かなくなったのはかなりのショックだったらしい。フッキーにはできるだけ早く立ち直って欲しいのでジャジャミーナの遺体はすぐにケージの外に。遺体は硬直で乾物のようにカチカチ。死後かなり時間が経っているようだ。もしかしたら夜になってすぐに亡くなったのかも。


ジャジャミーナが亡くなった今、気持ちの整理がつかない。生きていたものがこの世から消えて亡くなるということは避けがたいこと。nanoとしては母が亡くなったときの心境。長い看護の末に亡くなった時、不思議な開放感があったが同時に虚しさも。ジャジャミーナにしても、生きる苦しみからある意味で開放されたのかも。夕方フッキーに奪われそうになりながら懸命におさつを齧っていた姿が最後に見たジャジャミーナ。最後まで精一杯生きたジャジャミーナ。


ジャジャミーナ、ブラック系パイドにして見た目はヘチャ、パッチリ大きな目が可愛い子だった。偏食激しく且少食にして動作がひどく緩慢で大ドジだったがそれも愛嬌。2014年10月兵庫県姫路生まれ。2016年10月31日東京都府中市にて逝く。


生まれ変わっても、同じように美女じゃないへチャコでもまた我が家に。


どうか安らかに。


最後にその在りし日の姿をもう一度、



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